お侍様 小劇場 extra

    “甘いシーズン” 〜寵猫抄より
 


カナダはバンクーバーでいよいよ始まった冬季五輪の開会式を観ていて、
あっと気がつけばもう昼下がりの1時を回っており。
しまった買い物に行かなくちゃと、
リモコン操作してテレビを消せば、

 「にゃ?」

いっぱいぱいな おにさん おねさんがいて、
ひらひら踊っててきれーだったのに、もう観ないの?と。
こちらのお膝にお手々かけて寝そべってた小さな坊やが、
やわらかい上体を起こしつつ、
うにゃ?なんて見上げて来たもんだから、

 「〜〜〜〜〜〜。//////////」

………判った判った、惚れてまうのですね。
(笑)
じゃあなくて、

 「晩ご飯のおかずをネ、買いに行かなきゃあ。」

カレイの煮付けか、
それとも今朝の料理コーナーで紹介されていた鷄の水炊きも、
たっぷりと野菜も食べられて、しかも温まりそうだしと。
小さな坊やを、脇に手を入れての抱き起こして差し上げつつ、
久蔵はどっちがいいですか?と、
おでことおでこをこつんこと触れさせて問いかけりゃ、

 「みゅう〜〜〜、うにゃんvv」

かっくりこと小首を傾げて見せてから、
反対側へと傾げ直しての、眩しい笑顔を振り撒いてくれて。

 「う……………。////////」

まあまあなんて知能犯か、この子は。
やっぱりアタシに考えろというのですね、
しかもそんな…逆らいがたい笑顔でもって。
口許をうにむにと震わせながら、
情けなくも微笑ってしまいそうになるのをこらえて見せる、
七郎次さんだったりしたらしかったが。

 ……いえ別に、ここは笑ってあげてもいいのでは?
(う〜ん)




      ◇◇◇



……という、
観る人もないってのにコントのようなやり取りを、
仔猫と交わしてからお出掛けと相成った敏腕秘書殿。

 今日もちょっと冷えますねぇ。
 にゃん。
 日向を選んで歩みましょうね。
 みゃうvv
 お陽様が当たってると、存外暖かいでしょう?
 にゃーにゃvv

一応のリードをつけた仔猫をその腕に抱え、
ほてほて歩きつつ、他愛ないお喋りを仔猫へ聴かせるお兄さんは、
これでも一応、人通りがないときを選んで話しかけているのだけれど。

 『あんな可愛いネコちゃんじゃあねぇvv』
 『七郎次さんでなくたって、ねぇ?』
 『手の中に収まりそうな、小さな子ですものvv』

 『しかもクリクリッとした眸の美猫とくれば、
  ついつい話しかけたくもなりますって。』
 『しかも…奥様聞いたことありますか?』
 『そうそう。ビックリするのよねぇ。』
 『ちゃんと七郎次さんの声へ反応しての間合いで、
  久蔵ちゃんてば、お返事するんですものねぇ?』

知ってるお人は結構おいでらしいです。
(苦笑)
閑静な住宅街から、舗装された街路を駅まで。
のんびりした歩調でも20分ほどで到着する小さな商店街は、
車が行き来する街路に沿った並びの1本裏手で軒を連ね合っており。
人懐っこいご主人や女将さんが切り盛りする、
下町によくあるタイプの店屋が居並ぶ 横町小路。
時々は付き合いの長さでまけても下さる、
大雑把な、いやさ暖かいアバウトさが馴染めば楽しい、そんな場所であり。

 「おやおやシチさん、今日は遅かったね。」

さっそくにも魚屋の女将さんが声をかけて来、
「いえね、今日は皆さん出足が悪いんで、これはこぞって開会式観てるなって。」
今もサ、散髪屋のお咲さんと言ってたトコさねと言いながら、
水仕事で真っ赤にした手を延べると、

 「久蔵ちゃん、逢いたかったよ。」
 「にゃんvv」

抱えられてた仔猫へも、ご挨拶下さる気さくなお人。
働き者な大きいお手々で撫でられて、
ふにゃふにゃとお顔を嬉しそうにほころばせるのは、
あいにくと七郎次にしか見えちゃあいないが。
首をすくめ、ふわふかな毛並みに小さな顎を埋め、
にぃあにゅうと鈴でも転がすようなお声で鳴くのを見れば聞けば、
機嫌がいいのだろとは誰にだって判ろうもの。

 「それじゃあ、すいません。」
 「あいよvv ゆっくりしといでね。」

小さな連れを預かっててもらうのもいつものことで、
リードを預ければ、
仔猫も慣れたもので…ぴょいっと軽やかに女将の懐ろへと飛び移り、
小さなお手々をちょこりと肩あたりへ引っかけ、
にぃみゃと可憐な鳴き方で甘えて見せる。
鈴を張ったようなとは良く言ったもの、
潤みの強い大きめのお眸々や、
お澄ましのよく似合う小さめの口許を。
小鼻の近くへキュッと集めた配置も愛らしい、
大きなお耳とのバランスも絶妙な風貌が美人と評判な仔猫さんは。
今やこの商店街で知らぬお人がないほどに人気者でもあり、

 「そうそう、チョコレートは上げちゃダメなんだよね。」
 「あ・はい、すみません。
  犬や猫に食べさせると、癲癇みたいな中毒を起こすらしいので。」

ミルクの匂いがするので、ほれと差し出しゃ食べるかもしれないが、
カカオの中に含まれる成分が、
動物によっては合う合わないがあるのだそうで。
女将さんじゃあなくたって、

 “この時期ではねぇ…。”

ちょっとしたお茶菓子や何やにも、チョコ風味のものが多く出回る頃合いだ。
洋菓子店だけじゃあなく、
和菓子屋さんでさえチョコ風味の大福やおかきを置くくらい。
お夕飯の献立を算段しつつ、肉屋や八百屋を回った七郎次が、
庭の祠へ供える樒
(しきみ)もと、花屋を回って戻って来れば。
早めに帰宅して来たらしい小学生たちに、
久蔵が猫じゃらしで遊んで貰ってる最中で。

 「あ、シチさんだ。」

こんにちはとの挨拶交わし、三学期はあっと言う間だねぇと話しかければ、
そうかなぁ、けっこー長いんだよ?大変さぁなんて、
一丁前なお返事聞かせて下さったりし。

 「さて、帰ろうか。」

ひとしきり遊んで貰った仔猫を抱え、それじゃあとお暇間を告げて立ち上がれば、
む〜んヴ〜ンとジャケットの懐ろで唸ったのが携帯電話。

 「…あ・これ、いけませんて。」

トートバッグを肩に掛け、仔猫も片手で抱え直してお電話に出れば、
ボクも出たいということか、
おチビちゃんが やいやいやいとばかり、
小型のモバイルへ手を伸ばすのを何とかいなしつつ、

 「はい、島田です。」
 【 シチさんですか、林田です。】

  ああヘイさん、こんにちは。どうしました?
  いえね、編集部に届いたチョコレートをお届けに。

今まだ途中なんですが、もしかしてお買い物にお出掛けじゃないかと…と、
続いた平八のお声が、電話の外からも聞こえて来。
おややと七郎次がお顔を上げたのと、

 「にゃっ!」

リードの余剰も計算に入れたか、
だったら仔猫とは思えぬ賢さへ、

 「〜〜〜〜〜。////////」

七郎次が久蔵に惚れ直している眼前で、

 「うわぁっ!」

不意を突いて背中から、ふわんと軽くて柔らかいけど、爪の鋭い何かしら、
突然飛びつかれた林田さんにしてみれば、


  ……そりゃあビックリもしますって。
(苦笑)




       ***



久蔵から突然の“おんぶ”をせがまれ(……)、
飛び上がって驚いた、某出版社の小柄な編集部員さんは、
だが、今日は原稿を預かりに来たんじゃなくって。
その手へ提げて来た3つほどの紙袋に詰められた、
読者から“島谷勘平”先生への、
バレンタインのチョコレートを運んで来て下さったそうな。

 「宅配便で送って下さって良かったのに。」
 「そうは言いますが、
  やはり当日に間に合わないと意味がないでしょう、こういうのって。」

今日発送して明日中に届けばいいが、
土曜日曜だから配送のペースだって違うのかもしれない。
それでなくたって、島田先生あてともなりゃあ、
直接届く分だって結構あるのでしょうにと、並んで歩き始めながら平八が問えば、

 「ええまあ…。」

実は既に、10キロサイズのみかん箱2つ分は届いており。
あんな髭もじゃのおじさんのどこがいいんでしょうねと、
家人ならではな言い方をして笑った七郎次が付け足したのが、

 「久蔵が気にして大変なんですよ。」
 「ありゃま。」

とはいっても、魚屋の女将さんにも言ったことだが、
匂いに惹かれて甘えかかっても決して食べさせてはならぬ食品。
タマネギと同じほど、強い中毒性があるとかで、
個体にもよるそうではあるけれど、
危険と判っている以上、食べさせる気になれぬのも道理というもの。

 「それでなくたって、
  テレビでも雑誌でも、チョコレートの話題のオンパレードでしょう?」

腕へと抱えた、今日は奇しくもチョコレート色のカーディガンを羽織った久蔵くんの、
丸ぁるくなだらかな背中をよしよしと撫でてやれば。
七郎次の懐ろへと凭れきり、くるんと丸まっていた王子様、
小さなお顔を仰向けると、にぃあんと甘いお声でいいお返事。

 「そこで、一応の対策と言いますか。」

勘兵衛様には、チョコを食べてもいただきたいし。
さりとて、甘いものならボクも食べたいというお顔の久蔵の前で、
勘兵衛様にだけってのも何だか食べにくいらしいので。

 「キャロブっていうお豆のクリームがあるんですよね。」
 「お豆?」

ええ。小豆じゃありませんが、それでも似たような色合いで、
しかも微妙ではありますがチョコと風味が似ているとかで。

 「結構以前から、
  やはりチョコレートにアレルギーが出るお子さんへの、代替自然材料ってことで、
  出回ってはいたらしいんですけれどもね。」

それを使ったケーキなりマカロンなりを焼けば、
勘兵衛様にはチョコレート、
久蔵にも似たようなスィーツをと出せて、
二人並んで食べることが出来るでしょう?
どうですかと にっこり微笑った七郎次の、なかなかに自信満々な笑顔を見やり、

 「…ははぁ。凄いですねぇ、シチさんてば。」

仔猫にもチョコらしきものを食べられるようにと、
頑張って調べた点……じゃあなくての、その手前へ。
平八としては しきりと感心してしまう。
だって、こんな言い方も何ですが、
仔猫さんと最愛のご主人様とを、同じ線上に並べてるなんて。
仔猫にうらやましそうに見つめられては、
島田せんせいが気まずかろうだなんて、

 “普通、そんな方向から考えますかねぇ。”

上等なファー仕立ての手套みたいな、
ふわふかで小さな小さな愛くるしい仔猫。
仕草やお声も可憐で可愛くて、
いつも身近にしていて もはや家族扱いな七郎次にすれば、
そんな形で優先してしまっても違和感のない対象なのだろと。
あらためて思い知らされた平八でもあり。
それに、そういやあの島田先生にしても、
自分との打ち合わせの場であれ、
仔猫がじゃれついたり にぃあんと鳴けば、
人が相手であるかのように、一々応対してやっておいでだし。

 “…シチさんに負けないくらい、甘いお顔になられますものねぇ。”

暖かい懐ろに抱えられ、陽気のせいもあってのこと、
眠くなったか、大人しくなる小さな仔猫へ、

 “こんな可愛らしい家族が出来て、良かったことですね。”

だってそういや、長年歯痒い距離感を残してらしたお二人が、
しっくりと落ち着かれたのも、この子が来てからじゃあなかったか。
事務的とも言える、もどかしい割り切りのようなもの、
主にシチさんの側から意識して挟んでたようだったのが、
少しずつ解けていっての、とうとう垣根もなくなって。
具体的な切っ掛けこそ、
怪我をなさった島田先生だとの報へ動転なさったからではあろうが、
無邪気な仔猫を見ていて、
もっと素直におなんなさいと、思うことだって多々あったはず。

 「ネンネですか? 久蔵。」

何ともまろやかなお声で、
自分の胸元を見下ろし、
そこにいる小さな温もりへと話しかける七郎次の横顔が。
何とも言いがたいほど、それはそれはやさしかったもんだから。
ああいっそのこと、その仔猫がお二人の和子なら良かったのにと、
そこまで感じ入ってしまった平八さんで。


  …………まあ、世間的にはそうじゃあないけど、
      ご心配くださらなくとも、ねぇ?
(苦笑)




     Happy St.Valentine's Day!



   〜Fine〜  10.02.13.


  *聖バレンタインデーだとはいえ、
   仔猫へチョコはダメじゃんと思い、
   ペット用のケーキとかおやつとか、ググッてみると結構あるもんで。

   わんこやにゃんこのための
   青汁ってのもあるんですってよ、奥様。
(笑)
   真鱈や太刀魚のジャーキーとか、ヤギのお乳のチーズとか。
   パンプキン風味やトマト風味のスモークチーズとか、
   おしゃれなおやつも揃ってて、
   健康に気を遣ってるお宅では、
   こういうのをわざわざ取り寄せてるんだねぇと感心しちゃいました。
   勿論のこと、デコレーションケーキってのもありましたvv
   イチゴのショートケーキ風豆乳仕立てとか、
   人間の子供でアレルギーが有る場合にと研究された材料で作ってあるので、
   とにかく安全だと太鼓判が押されまくり。

   ……でもって。
   真夜中の屋根の上では、

   「…半分持ってけ。」
   「あのな。」

   実は甘党とお聞きした誰か様へ、
   どうせ勘兵衛は持て余しているのだしと、
   鍵つきの戸棚に仕舞い込まれてあったチョコを、
   大人Ver.の久蔵さんが持ち出したりして?
(笑)

    …………う〜ん、キリがないったら。
(大笑)

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